わが家のホームスクーリングについて、ご関心をお寄せくださり、厚く御礼申し上げます。
多くの方に共通するご質問に関し、以下、簡単にまとめてみました。
簡単といっても長文です。
ポイントを絞って書いたので、些事はふれていません。
これ以上のことをお知りになりたい方は、お手数ですが、拙著『学校や塾へ行かずに、いかにして4人の子どもたちは独学力を身につけたのか?』(フォレスト出版)をご高覧賜れば幸甚に存じます。

私が拙著で主題にしているのはホームスクーリングではなく、ホームスクーリングを可能ならしめた「独学の力」です。書名が主題を表しています。
しかし、現代日本で4人の子どもたちが小中高に1日も行かず国立大学へ進学したという事実が衝撃過ぎて主題を押しやってしまいがちです。
私たち家族が取り組んできた「独学の力」はあまりお金がかからず、地道で地味で古風なものです。ホームスクーリングが華々しく見えるのとは対極です。
ホームスクーリングの話題はあまり手を広げずに、主題に専念したいという思いがあって、以下、したためました。

ホームスクーリングが話題になると、思い込みにとらわれて学力劣悪、社会性欠如を一方的に無礼な作法で主張する人が少なからず見られます。
そういう姿勢はまさに、学校社会性がどのようなものであるかを身をもって如実に示しています。
礼節あるご意見、ご質問はありがたく頂戴しますが、その前に八割方は以下の説明で解決することと思います。

わが国では、ホームスクーリングが合法化(制度化)されていないので、ホームスクーリングを家族のみでやっていくことは不可能です。
世間から隔絶して家族のみ家に閉じこもってやっていくようなイメージを描いている人が多いのかもしれません。
知らないがゆえの思い違いは誰にでもあることです。

リアルで会う方々から非礼な形のご意見を頂くことは皆無です。
うちの家族を知っている方々(多数の活動に参加してきたため、非常に多数です)から、ホームスクーリングを批判・否定されたことはありません。

小中学校は義務教育といわれます。それは普通教育を受けさせる義務です。憲法、教育基本法では学校の記述無く、下位法にあたる学校教育法において、指定された学校でのみ義務教育を受けさせられるとされており、これが「学校へ行かなければいけない」という認識をつくっています。
ホームスクーリングといえど、法を無視するわけにはいきません。

地元の公立小中学校に在籍という形をとり、教科書も支給されます。
これによって、行政も学校も「義務」を果たしています。

そうなると、学校や教育委員会とはつながる関係となります。
もし不適切なホームスクーリングだったら、学校や教育委員会が放置しないでしょう。
年に1回はわが家を訪問してくださり、子どもたちと対話した上で、意思確認のみならず、ふだんの勉強ぶりや種々の活動への関わりをご覧いただき、学力も社会性も問題ないことを確認頂いてきました。
小中学校に1日も通わずとも、卒業証書を頂いています。
児童相談所も一度だけわが家へ来て、問題がないことを確認してくださいました。

地域の目もあります。
民生委員等、問題があれば動くでしょう。

子どもの意思は?社会性は?学力は?などと質問がでますが、そもそもそれらがクリアできていないと長年ホームスクーリングを続けることは不可能なのです。
不登校はやむを得ずその状況になるのですが、ホームスクーリングは学校に行けないわけではないので、適切に行われていなければ問題化します。
ホームスクーリングは、学校、教育委員会、地域、親族などの理解と協力がなければ、まず、継続できません。
わが家の場合は、長期間にわたるホームスクーリングにおいて、あらゆる方面の皆様方ととても良好な関係を築けて、感謝に堪えません。

不登校からホームスクーリングに転じたケースは非常に多数ありますが、不登校を経由せずに自主的にホームスクーリングを行う家庭はごくわずかです。
それらのご家庭において、考え方、やり方はマチマチなので、私が語るホームスクーリングはあくまでもわが家の場合です。

リアルでわが家を知らない方からの質問はほぼ3点に集中しています。
FAQにまとめます。

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【Q1】子どもの意思は?親のごり押しではないのか?

【A1】子どもの意思は最大限尊重してきました。親はホームスクーリングを良いものとは考えていません。あくまでも選択肢です。子どもたちには、学校へ行っている子たちと積極的に交流させて、学校へ行っている子たちの声を聞くよう勧めました。小学校低学年では学校が楽しいという子もいますが、学年が上がるにつれて、学校がしんどい、行きたくない、ホームスクーリングがうらやましいという声が目立って増えていきます。子どもたちが学校へ行きたいと言えば、もちろん、学校へ行っていましたが、そうはなりませんでした。ホームスクーリングは状況や環境に大きく依存するため、他人に勧めることはありません。ちなみに、わが家に影響されてホームスクーリングをはじめたご家庭はないと思います。安易にできるものではなく、簡単に広がるものではありません。

【Q2】学力はどうなのか?

【A2】教科学習はだいじですが、教科学習だけでは狭くなります。広い勉強(それは遊びに見えるでしょう)をせいいっぱいやってきました。幼少期から独学の力(気になる方は拙著をご覧下さい)をつけてきたので、小学1年生時点で独学可能でした。教科学習は誰も教えていません。学校、塾、習い事、予備校、皆無です(通信添削はあり)。親が教えることもありません。小中高の勉強、すべて独学です。小中の勉強時点では学歴獲得や競争につながる成績も評価も偏差値も無縁でした。競争なく、ノルマなく、ノンビリした勉強でした。高校年齢、または高校卒業年齢でそれぞれが大学進学を志しました。高卒認定試験に合格すれば高校へ行かずとも大学受験が可能です。第一子が三重大学人文学部、第二子が大阪大学人間科学部、第三子が京都大学文学部へ進学しました。第四子は受験生です。子どもたちは学歴獲得目的でもなく、就職目的でもなく、学問をしたくて大学へ行きました。親は大学進学を前提とはしていませんでした。大学へ行かなければ中卒学歴で社会にでることになりますが、それでもまったく問題ないという育て方をしてきました。それが学力よりも大事な「生きる力」です。どんな環境、どんな状況でも、自分で考え道を拓き、自分の人生を自分で生きていって欲しい。そういう「生きる力」と比べれば学歴など瑣末な問題です。

【Q3】社会性はどうなのか?

【A3】家に籠もるホームスクーリングはあり得ません。たくさんの活動に参加してきました。田舎ですから、自然が豊かです。ここで、3種類の活動の立ち上げに私が関与しました。京都大学大学院教育学研究科と地域との生涯学習活動、生活クラブ生協大阪さんがおこなうセカンドスクール(野外活動)、積水化学グループさんの森林保全活動。いずれも、おとなから子どもまで多彩なメンバーが集い、それぞれの趣旨で活動を行います。うちの子たちはほぼフル参加でした。最盛期には毎週何かがあって、合宿もたびたびでした。それ以外にもできるだけ多様な活動に参加してきました。学校に行っていてはこれだけのことはできないだろうと思われます。学校に行っている子たちに多く見られるような、目立たないよう、集団に埋没するあり方を、うちの子たちは不思議がります。同調圧力に屈して「私」を抑え込んだり、異質な存在を排除したり、出る杭を叩いたりすることが社会性とは思われません。主体性と責任をもって、多様性を理解し、社会に参画することこそが社会性の基本だと考えています。

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多くの人が、学校教育を擁護するかのごとく学力・社会性へ異様とも言えるこだわりを見せます。学校教育においていかに学力・社会性が機能せず懸案となっているかを物語っているように見えてなりません。
わが家は学校教育に感謝すれど否定するような考えはありません。
子どもたちもそうだと思います。
学校教育は問題山積ですが、今後も必要不可欠であり、少しずつでも改善されていくことを願ってやみません。

長文、駄文、ご高覧に深謝申し上げます。