日本と世界4(中国と日本)

前回、日本語の素晴らしい一面について書きました。私は若い頃から疑問に思っていたのですが、日本は、古代より先進国である中国から多くを学んできました。何から何まで、ほとんどすべてといっていいほど、文明や技術や思想は中国より輸入した、と考えられていました。であるなら、日本は中国のコピーのようになってしかるべきなのに、なぜ日本語はこれほどまでに中国語と似ていないのでしょうか? 文字(漢字)は共通しています。けれども、言葉の体系や仕組みは、まるで違います。むしろ、中国語は英語と構造が近いです。日本語と中国語はまったく別物です。

日本語のルーツは中国に求められそうなのに、全く似ていないから、日本語のルーツ探しがさかんでした。諸説ありながら、何れも決め手に欠け、日本語のルーツは○○である、と断定できるようなものが見つかっていません。

言葉だけではありません。『日本人とは何か』(山本七平/祥伝社)に新鮮な驚きがありました。日本は中国から何を学んだか、ではなく、何を学ばなかったのか、という視点です。

「すると中国から模倣しなかったものがあったんですか」

「そうですなあ。科挙、宦官、族外婚、一夫多妻、姓、冊封、天命という思想とそれに基づく易姓革命、さらにそして少し後代なら纏足がなく、日本にだけあるのがかな、女帝(女王)、幕府、武士、紋章ですかな。後になると漢学・蘭学と平気で並べており、どこからでも聴講しています。それから料理と葬式と墓ですか。前にある中国人から、日本料理が中国と全く無関係なのに驚いたといわれました。豆腐や味噌は中国伝来ですが、料理そのものの基本は全く違うというのです。さらに彼は昭和天皇の御大葬の簡素さに驚き、歴代の御陵が中国とあまりに違うのに驚いていました。違いはそのほかにもありますが……」

日本は中国のみから学んできた、というのはどうも違うようです。なにか、もともと中国とは別のベースがあって、すぐ隣の先進文明である中国文明をそこへ取り込んでいった、と考えなければつじつまが合いません。

日本人のルーツはどこか、という追求もあれこれされてきました。もともとの日本人は、中国とは全く違うどこかからきた人たちがベースになっていて、そこへいろんなところから(もちろん中国や朝鮮半島からも)移ってきた、ということではないかと、私は考えてきました。

だから、日本人のルーツや日本語のルーツも、いくつものルート(説)がありえるのでしょう。もともとのベースの上に多層化している、という感じでしょうか。もともとのベースは中国ではなさそうです。

その答えがようやくわかりました。古代出雲にあった出雲王国の王家の直系子孫が伝えてきた伝承を、その子孫が立ち上げた出版社(大元出版)が書籍にしています。このような、正史(古事記、日本書紀)とは異なる古史古伝はいくつもありますが、ほとんどが学問的には偽書とされています。出雲の伝承を学者が評価したことはまだないと思います。古代はわからないことも多く、学問的に未解明な部分をいろんな人がいろんなことを言っていて、百家争鳴状態です。とくに邪馬台国はその代表例です。

出雲の伝承は他の古史古伝とは明らかに異なります。学問上の知見、考古学上の発掘や発見、古事記・日本書紀・風土記、日本各地の古い神社の由緒や祭事や祭神、地方に残る古い伝承などと、整合しています。今後、新たな発見や発掘があればあるほど、出雲の伝承が裏づけられていくことと思います。日本人のルーツや日本語のルーツも、謎が解けました。現在の私たちに伝わる伝統文化、日本人らしさも、出雲に負うところが小さくありません。もちろん、全部ではなく、出雲以外の要素もかなり入って来ていますが、土台は出雲と考えて良さそうです。

大元出版からは、20冊刊行されており、私は全部持っています、すでに絶版となって、古書でもほぼ入手不能な本があります。直近の2冊で、古代のあらましは理解できます。とくにこの2冊は、4人の子どもたちにめいめい個人用に買い与えてあります。子どもたちも非常に興味をもって読み込んでいます。

次回は、古代の謎解きを始めます。

 

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