独学で大学受験 21 ゲーム

 

子どもになるべくさせたくないものといえば、テレビ、ゲーム、スマホ。勉強を意識する親はだいたい同じように考える人が多いのではないか。

テレビについては9番目の記事に書いた。うっかりすると、生まれた直後からテレビの映像と音声に子どもが曝露されてしまう。ものごころがついてからは、ゲームだろう。子どもたちの遊びと言えば、ゲームが主役だそうだが、どう考えてもおかしい。ゲームをするのはかまわないと思うけど、遊びの主役というのは変だ。

私の子ども時代には人生ゲームや野球盤がゲームであって、テレビゲームやゲーム機はなかった。高校生の頃、ゲームセンターがはやりだしたと思う。ゲーム機は大人になってからだ。私の世代でゲームを楽しむ人は、ある程度大きくなってからゲームを始めたと思う。私は、ゲームに興味を持たなかった。パチンコにもギャンブルにも興味がないのでよくわからない。

私にはわからない世界だからこそ、子どもたちはぜひともやってみたらいいと思う。わが家ではゲームを禁止も制限もしなかった。第一子は小学生低学年で、はじめてお年玉でゲーム機を買ったようだ。「ようだ」というのは、小遣いやお年玉の使い方を管理していないので、何に使ったか、何を買ったか、親は知らない。

ゲーム機にもいろいろ種類があるようだが(こんなことを言っていたら笑われる?)、第一子はけっこうたくさん買ったようだ。中古店も上手に利用していたようだ。第二子、第三子、第四子もつられてゲームで遊んだ。DSという名前はよく聞くが、私は使ったことがないのでどんなものなのか知らない(笑われる?)。子どもたちの様子を見ていると、楽しいもののようだ。

ゲームは中毒性がある、ということは理解している。子どもたちをゲーム中毒にしてはいけない。けれども、ゲームがどんなものか知るのは大事なことだと思う。

ゲームの有害性として言われるのは、勉強をしなくなるとか、目が悪くなるとか、人間関係を築けなくなるとか。どんな「有害物」でも、害が出るのは度が過ぎた時だ。害が出ない範囲におさまっていれば、ゲームで遊ぶのはかまわないと思う。

うちの子たちは、尋常ではないほど本を読んできた。第一子も学校へ行っている子には物理的に不可能なほど本を読んできた。最もたくさん本を読んだのは第三子だろう。第四子も続く。第二子、第三子、第四子は小学生高学年になるにつれ、あまりゲームをやらなくなっていったようだ。管理していないので正確なことはわからないが、ゲームへの興味が薄らいだように見える。(だから猛烈に本を読めたのかも)

DSで勉強するためのソフトもある。そういう勉強の仕方もよいのではないかと思っていくつか買ってみたが、子どもたちは試してはみたもののあまり使わなかったようだ。勉強の役にはたたないという評価だった(子どもたちの言)。

第一子は、ある程度大きくなってもゲームが好きだったようだ。ゲーム中毒にはなっていない。ホームスクーリングだから、時間は自由だし、親は管理するのを好まないから、中毒化する危険もあったが、そうはならなかった。やはり、たくさん本を読んできたことがいい具合に舵取りをしてくれたように思う。

本を読むと言うことは、たくさんの人の人生を追体験することでもある。文学作品は実在の人物ではないが、現実にありうる人生を描いている。親がうるさく言わなくても、ダメになる生き方、良くなる生き方が見えてくる。見えてくれば、好きこのんでダメになろうとはしない。

ゲームが趣味であってもよい。なんにしろ、良くなる生き方を目指してくれたら、細かいことはどうでも良い。

第一子はゲームが好きだったけど、年齢が上がるにつれて自然とやらなくなっていったようで、大学生になって家を出る時、ほとんど処分したようだ。けっこうゲームが好きなんだと思っていたが、大学生になって、「こんなゲームも知らないの?」と友人から言われたそうだ。第一子が知っているゲームは時代遅れで、最近のゲームは第一子も知らないのだそうだ。いつのまにかゲームを卒業していたのだろうか。

本をたくさん読むことと、ゲームにのめりこむこととはなかなか両立しないかもしれない。二律背反に近いものなのかもしれない。ゲームをたくさんするほど本は読まなくなる。本をたくさん読むほど、ゲームをしなくなる。そんな相関を感じるのだが、どうだろう。

テレビとゲームと本。生まれて最初に出会うのはどれだろう? そして最初になじんでいくのはどれだろう? それが人生を大きく左右すると思う。

わが家では、最初に出会ったのは本で、最初になじんだのも本で、大量に曝露されたのも本だった。テレビはその次、ゲームはその次だった。テレビもゲームも、本に大量曝露されたあとなので、影響は小さかった。私とは異なる意見や価値観はあるだろう。誰とどのように議論したとしても、この部分は譲らない。もっとも、他人の価値観をけなすことはしないけど。

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