大学受験19 合格までの経緯

前回書いたように、アゴンは高卒3年目で三重大学に合格しました。そこに至る道のり(完全ホームスクーリング)を図にしました。

小学生のころは勉強が嫌いでほぼ勉強しませんでした。高学年になるとさすがに私も危機感を覚え、「自分で勉強できないなら学校へ行きなさい」と強く言いましたが、するとアゴンはしぶしぶ少し勉強する(ふり)をしました。6年生の中ごろには本人もやや危機感がでてきたようで、小学生が終わるぐらいになってから小学生の勉強を始めました。中1の12月頃まで小学生の勉強をしていました。

中1の終わり頃には勉強する意義を見出したようで、自分でどんどんと勉強していくようになりました。そのころからは、私も何も言っていませんし、心配することもなくなりました。

高校年齢では、社会全科目と理科基礎4科目を含め、英数国とも独学で勉強していきました。学校に行っていれば、定期テストがあるので点数をとろうと努力しますが、わが家ではそのような仕組みがありません。そもそも点数を取るために、進学のために勉強するというのは、勉強の本筋ではない、と考えているので、だれとも競争することなく、試験や点数を意識せず、勉強そのものをすることを大事にしてきました。

そのうえで大学へ行くならそれも良いのですが、アゴンは大学へ行かず、社会へ出ることを考えていたようです。高2年齢で高卒認定試験に合格しましたが、大学へ行かなければ学歴は中卒です。教養ある中卒も良いものかも知れません。アゴンはそう考えていたようです。そうであるなら、会社勤めでなく、起業を目指した方が良いでしょう。

起業といっても容易ではなく、高卒1年目は、地元で農業や土木工事や民宿のアルバイトをしていましたが、もう少し違う世界を経験するため、高卒1年目の1月から高卒2年目7月にかけて、半年間、自動車工場で派遣社員として勤務しました。寮(ふつうのアパートです)で一人暮らしをしながら、夜勤も経験しました。

7月に自宅へ戻ってきてまもなく、大学へ行きたいと言い出しました。それも、京都大学と明言して。高校年齢での3年間の勉強はゆるいやり方で、しかも1年半ほど勉強から遠ざかっていたので、受験するなら改めて勉強し直す必要があります。さらにそこから難易度をあげて仕上げねばなりません。とうてい、半年やそこらで京都大学へ合格できるはずはありません。合格できなかったときはもう1年受験勉強を続けるとのことです。

子どもが挑戦したいということを親が応援しないわけはありません。そこらへんの詳しい経緯は、このシリーズの最初の方に書いてあります。

9月初めに受験勉強を始めて4カ月後に共通テスト、6カ月後に二次試験。共通テストでは、意外とまともな点数でした。京大レベルには達していませんが、総合人間学部は共通テストの理科と社会だけを合否判定に使います。理科・社会は高得点だったので、一次の判定は合格可能ということで、びっくりしました。総合人間学部の足きりラインは非常に高いですが、なんとかクリアし、二次試験を受けられました。記述試験ははるかに及びませんでした。

当然の結果ということで、1年後を目指します。

まず、基礎からみっちりやり直し、基礎の仕上げが秋までかかりました。夏には、共通テスト模試は京大がなんとかなるかもしれない成績でしたが、記述模試が伸びません。秋が深まってから基礎の次の段階ですから、京大は届きません。自分が進みたい道、大学でやりたいことをしっかり考え、志望校を検討しました。アゴンは、これ以上の浪人は避けたいとのことで、私もそう思います。共通テストの結果次第で、柔軟に考えようという話をしました。後期日程も受験し、この年で決めるということです。この段階で三重大学は志望校に入っていませんでした。

共通テスト直前には予想問題を数多くこなし、昨年よりは大きく点数が伸びることが期待されました。

共通テスト本番では、昨年レベルで期待された点数より150点以上も低いという信じがたい結果でした。絞り込んでおいた志望校は全部アウトです。本人が言うには、わからなかったわけではなく、メンタルの問題だったそうです。初めての受験ではないし、模試も数多く受けてきたのに、雰囲気にのみ込まれたようです。どこを受けたらいいのか見当がつかない状態でした。

ところが、今年の共通テストは大きく平均点が下がるという情報がでてきて、期待された点数より150点以上も低いという状況は、期待された点数より100点以上も低いという状況に訂正されました。3日後の予備校のリサーチでは、信じがたいことに、神戸大学がなんとかならないこともないかもしれない判定です。後期日程の志望校は改めて検討し、三重大学というすばらしい大学を見おとしていたことに今さら気づきました。三重大学後期日程は、共通テストと小論文で合否が決まります。アゴンは、書くことについては長年の蓄積があります。前期は神戸大学文学部、後期は三重大学人文学部で出願しました。

ところが、出願後に両者とも倍率がうんと上がりました。リサーチ時点では倍率が低いとの予想だったので、逆に多くの出願を集めてしまったようです。となれば、合格ラインもあがるでしょう。

神戸大学の試験後、本人の感触としては五分五分のようでした。前期試験後は、すぐに三重大学の小論文の練習を始めました。文は書けるので、詰めの部分を私が指導しました。神戸大学の発表まで、合格した場合にやるべきことをチェックし、不合格だったときに三重大学を受ける準備をするという、両にらみの日々が続きました。不合格の結果を見たときには、さすがに本人は落ち込みました。昨年の京大受験は通るはずもない挑戦でしたが、今年は通るつもりの受験でした。

神戸大学合格発表の3日後が三重大学後期日程試験です。落ち込んでいる場合ではありません。気持ちを切り替え、前日からホテルに宿泊して受験しました。

普段通りに書けたとのことですが、前年より大幅に受験生が増え、狭き門となったので、共通テストの点数が低かったことで、合格は厳しいかも、と思えました。三重大学も落ちたら、どうするか。本人は、「ここまできて大学へ行かない道はない。もう一年がんばりたい」と言いました。私も賛成です。すると、昨年と同じく、受験生2人を抱える1年が始まります。

ほぼ落ちた、と覚悟していた三重大学合格発表で、まちがいなく、アゴンの受験番号があるのを確認しました。三重大学さんに拾って頂いた、という感覚です。しっかりがんばって、三重大生として充実した大学生活を送って欲しいと切に願います。

合格発表の翌日にはアパートを契約しました。事前にWebでアパートを比較検討し選んであったので、不動産屋さんへ行って、即現地確認です。その日のうちに家具を買いそろえるなど、超スピードで進めました。大学の手続きなども最短、最速で。発表から1週間も経たないうちに、アパートで一人暮らしを始めています。がんばれ、三重大生!

次回は独学の産物としての自立です。

 

 

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