独学で大学受験 7 絵本と図鑑

 

読み聞かせをするとき、絵本よりも文字中心の本の方が良い、という意見もある。絵本はイメージが固定されてしまうが、文字だけだと、子どもが聞いていて自由にイメージをふくらませられる、というのだ。私もそう思う。ただ、順序があるのは間違いない。

昔話には、今の子どもたちが(もしかすると大人も)イメージすらできない言葉や風景がふつうにでてくる。薪、柴、井戸、森、田んぼ、畑、古い民家といったイメージができるだろうか。わが家は田舎にあるので、これらは自分の家にあるか、身近に見られる。日常的には都会と同じように電気炊飯器でご飯を炊くが、防災訓練あるいはレジャーとして羽釜でご飯を炊いたりすることもある。そこらへんに落ちている木切れを拾ってきて、薪にする。わが家の子どもたちにはありふれた体験だ。

都会の子にはわからないだろう。直火すら見たことがないかもしれない。都会に住む小学校高学年の子が遊びに来たとき、家の近くを散歩していたら、シマヘビがいた。怖いヘビではない。田舎ではどこにでもいるありふれたヘビだ。「ヘビだよ」と教えてあげたら、「初めてヘビを見た」って。逆にそのことに驚いた。昔話にはヘビがよく出てくる。

動物園に何度か行ったり、図鑑に親しんでいたりすると、動物がわかるだろう。そうでない子は、昔話にでてくる動物がわかるだろうか。タヌキ、キツネ、うさぎ、馬、牛、サル、カニなど定番だ。ももたろうには、キジがでてくる。わが家の周囲ではキジは道ばたにいるので珍しくない。都会の子は知らないだろう。昔話の設定は江戸時代あたりなので、現在田舎に住んでいても、江戸時代の暮らしそのものはわからない。

さらに、外国の昔話だと、衣服も住居も動物もさらにイメージしにくい。さすがにこれは日本の田舎に住むうちの子たちにも難しい。

鬼、やまんば、妖精、トロル、悪魔、龍、天狗、カッパなどの実在しない(実在すると主張する人もいるから、「多くの人には目視できない」といいかえようか)存在をどうイメージすればいいだろうか。

このようなイメージづくりに絵本は欠かせない。絵本の絵は、適当では困る。正しい絵であってほしい。お話に関係ない不要なものは描かず、動物も風景も生活道具も、正確に書いてほしい。もののけというか妖怪もふさわしいイメージを示してほしい。奇抜な絵ではなく。

絵本の絵はとても重要だと思う。もしかすると、その子の生涯を左右するかも知れない。読み聞かせは「知の身体化」なのだから、絵も身体化される。じつは、市販されている絵本の中には、子どもにふさわしくない絵がかなり多い。第一子は、生後6カ月で読み聞かせを始め、言葉がでる3歳ごろまでは絵本ばかりを読んでいた。3歳ごろからは、文字だけの本も読むようになった。たっぷりと絵本に親しんだら、自然と字だけの本に移っていけた。

かわいい絵、きらびやかな絵、デザイン性のある絵は、子どもにふさわしくない。別の視点で良い絵であるかもしれないが、子どもが身体化してゆく絵として適切ではない。たくさん絵本を読み聞かせしていると、感覚としてわかってくる。第一子に読み聞かせしているころは、私も父親初心者だったので、ふさわしくない絵本もまじえて読み聞かせしていた。第二子、第三子、第四子とすすむにつれて、私の父親経験知も向上し、読み聞かせが改善されていった。第一子は損だ、といえばたしかにそうだ。すまん、許せ。

「良い」絵本作家は、正しい絵を描くためにたいへんな努力をしている。自らの技量を披露するための努力ではなく、子どもに正しい絵を届けるための努力だ。そのような作家さんが存在することは、ほんとうに、ありがたい。

図鑑も大切だ。私が幼い頃は2種類の図鑑セットがあった。よほど幼い頃から図鑑も大好きで、ひんぱんに頁をめくっていた。絵本と同じようなものだったかもしれない。動物だけでなく、生き物各種、乗り物、地球、宇宙、人体、何でも見ていた。保育園に通っていた頃、人体血管図を描いて、大人たちをびっくりさせたことがあるらしい。大人は「人体血管図」と認識して驚いたが、なんのことはない。私からすれば、赤と青のきれいなイラストだったのだろう。「この子は医者になるのか」と期待したそうだが、残念ながら、ただのお絵かきにすぎない。しかし、当時、図鑑に親しんだことは大きな財産となっている。

第一子に読み聞かせを始めた頃、図鑑セットを買った。絵本を読み聞かせするのと並行して、図鑑にも興味を示した。セレクトするのではなく、すべてをそろえたコンプリートセットだ。子どもが興味を持つ図鑑だけ、あるいは親が子どもに与えたい図鑑だけを選ぶことは避けたい。それでは世の中を知ることにならないからだ。そこには大きなプランがある。行き当たりばったりの子育てではなく、世の中を知りつつ、言葉をしっかり身につけて、物事を自分の頭で考え、世界を広げ、多様な世界で多様な人たちとともに、望むような行き方をして欲しい。第一子が生まれたときから、私はそう考えた。第一子が大学生になるまで、みじんも揺るがなかった。だから、スタートとしての読み聞かせと図鑑コンプリートセットなのだ。

第一子は、じつによく図鑑に親しんだ。第一子は動物が大好きで、動物図鑑を集中的にみていた。動物図鑑はボロボロになるので、何度か同じものを買い換えた。動物図鑑以外はどうかというと、あれば見る。ひんぱんではないが、たまに本を開いていた。このことはとても重要だと思う。あれば見る、ということは、なければ全く見ないということになる。世の中のことを知りつつ育つのか、全く知らずに育つのか。テレビで見られるじゃないかというかもしれないが、それは違う。子ども向けのアニメだと正確な描き方ではない。実物を映した場合でも、図鑑のように網羅的、分類的、体系的にはならない。

幼い子がいるのに図鑑セットがない家は多い。子どもに何かを買ってあげるなら、一番は図鑑セットだ。絵本は図書館で借りてもいい。図鑑は常に手元にあったほうがいい。図鑑は意外と盲点かも知れない。図鑑は1冊ずつはあまり高くない。でもコンプリートセットなら数万円かかる。子どもに数万円のオモチャなどを買ってあげるご家庭は多いだろう。数万円で何を買うかというのはそのご家庭の価値観であって、選択だ。幼い子なら、その選択はその子の生涯を左右するだろう。図鑑セットを検討することを提案したい。お金に困っているご家庭もあるだろう。子どもが興味を持つジャンルの図鑑を1冊でも数冊でも、できれば手元にあったほうがいいと思う。その投資は財産になる。消費してしまうお金の使い方ではない。他の図鑑は、図書館で借りてきてもいいと思う。幼稚園、保育園、学童など子どもが集う場所に図鑑のコンプリートセットを備えてあるだろうか?

絵本の絵は正しい絵であってほしい。図鑑の絵・写真は正しいものに決まっている(でなければ図鑑ではない)。そうして、子どもは世の中を知る。そうなれば、次は自分でイメージをふくらませていける。第一子は3歳ごろにはすでにそうだった。

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