独学で大学受験 34 共通テスト

 

第一子は京大を受けたいとのことで、秋からZ会の通信添削(京大コース)を始めた。京大の二次試験に似せた課題なので、自分の実力を判断することもできる。

偏差値の高い大学ほど、英語と数学が偏差値に比例して難しくなり、大きな差がつく。受験にたずさわる方なら異論はないのではないか。偏差値50ぐらいの受験生なら、偏差値50ぐらいの大学の問題はそれなりに対応できるが、京大の問題に挑戦したら英語と数学は手も足も出ないだろう。数学はほぼ0点近くではないか。英語も0点に接近した点数になるだろう。合格者は総点で6割ぐらいとるので、英語と数学は非常に大きな差となる。

第一子もそんな状態だった。

差がつく原因は基礎の徹底度合による。国立大学なら、東大、京大といえど、教科書の範囲から出題される。難しく感じるのは、いくつかの基礎事項が組み合わさったり、変形したりという問題が出るので戸惑うだけだ。それを応用、発展という。応用や発展は、あくまでも基礎の延長上にある。なにか特別なことをやらなければならないかのように思い込んでいる人が見られるが、第一子もその典型例だ。

そういう特殊なものとして京大をみなす視点が、学歴信仰につながるのかも知れない。よくない兆しだ。

親ならなんとかしてやれよ、ってか?

何とかしてやりたいのは山々∩∩∩だけど、いちばん大事なのは大学合格ではなく、人生なんだ。先にも言ったとおり。

人生をより良く生きる方へ向かうなら、あえて受験に失敗するのも良いではないか。基礎が大切だし、まずは基礎をやるべきだといちおう、アドバイスはする。放置ではない。

本人がそのアドバイスをうけてどう考えるか、が大事なんだ。

第一子は、基礎を無視した。すると、やれどもやれども京大レベルには歯が立たない。はるかなE判定が常態化して、慣れっこになってしまった。

そのかたわらで、共通テスト対策として、理科や社会も進めた。

12月中旬からは、共通テストに照準をしぼる。予想問題をたくさんこなした。京大記述問題よりは、まともにできている。

1月の共通テスト本番は、前日からビジネスホテルに泊まった。まさか親は付き添わない。一人で全部に対応する。

自己採点の結果は、驚いた。予想よりうんとまともだ。京大レベルには届いていないが、難関国立大学を受けてもいい程度の点数だ。

第一子の志望校は京都大学総合人間学部だ。受験科目が少々特殊だ。共通テストは、理科と社会のみ合否判定に使う。じゃあ英数国は受けなくてもいいやんか、とはならない。英数国を含めた共通テスト総合点は足きりに使う。共通テストの英数国を捨ててかかると足きりにひっかかってしまうので、合否判定に関係ないのに英数国も頑張らないといけない。そのうえ、足きりラインは非常に高い。

とはいっても、京大の二次試験で合格ラインを突破できる力があれば、何もしなくても共通テストの英数国は高得点がとれるはずだ。一次ができても二次ができるとはかぎらないが、二次ができれば一次はできる。

総合人間学部(文系)の二次試験は、英語と数学の配点が高いので、英数が苦手だと通りようがない。第一子は、はなから通りようがないわけだ。

第一子は、京大と言わなければ国立大学で通用する程度に基礎はあるようだ。だから、共通テストはわりと点が取れる。そのなかでも理科と社会はかなり高得点だった。すると、共通テスト後の判定で、京都大学総合人間学部がなんとB判定になった。はるかなE判定常連が、いきなりB判定だ。英数国を除外して理科と社会だけで判定するからそうなる。なにはともあれ、びっくりだ。二次試験では絶対通らないけど。

共通テストが終われば、怖いのは足きりだ。出願者が3.5倍を超えたので、足きりが行われる。ラインが高いので、切られるかも知れない。

そもそも足きりの心配をしないといけないような点数では絶対に合格はしない。ただ、ここまで来たのなら、会場で二次試験を受けることができれば来年に向けて大いなるステップになる。

本人は、二次試験に向けて、過去問をやっている。

うちの子は国語はかなり得意なはずだが、京大の現代文は超難解だ。現代文読解の手助けをすることにした。英語や数学は独学でできる。京大の現代文読解は独学でやろうにも、あのレベルの参考書が存在しない。

読解とは、行間を読むとか、テクニックを駆使するとかではない。いかに素直になれるかに尽きる。書いてあることは全部読む。書かれていないことは読まない。これだけだ。これが大変難しい。書いてあることを読み落としたり、書かれていないことを読んだりするのだ。京大の過去問をつかって、毎日この練習をした。その際には第二子もいっしょに取り組んだ。もともと国語はよくできるので、だんだん読解レベルがあがってきた。

そうこうするうち、京都大学から受験票が届いた。第一段階選抜に合格したのだ。京都大学に合格したのではない。足きりラインを突破したということだ。わが家で、まるで本試験に合格したかのように大騒ぎしたのは恥ずかしいから誰にも言わないでだまっとこ。

二次試験の本番がついにやってきた。40年前は私が当事者だった。こんどは親の立場だ。まさか自分の子どもが京大を受けることになるなんて、思いもしなかった。40年前には、一人で旅館に泊まり、二次試験を受けた。進学校や予備校は団体で受験しに来ていて、すごい迫力に圧倒された。こちらは一匹狼。試験会場では震えがとまらない受験生が何人かいた。かぼちゃ畑にいるのだと言い聞かせていると、ほんとうにかぼちゃ畑に見えてきた。模試ではずっとA判定だったのだから落ちるはずはない、と自己暗示をかけた。模試の成績が芳しくなかったら平静を保てなかったかもしれない。

第一子は結果は期待できないが、大事なのはそこではない。すごいプレッシャーの中で、精一杯やってみろ。どうなろうとも命を落とすことはない。どーんといったれ!

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