大学受験11 昔話の語り口
前回、浅い読解力の修得には長い年月(3年以上)が必要だと書きました。
浅い読解力のプロセス
前々回、浅い読解力修得のプロセスを示しました。
第1段階 読みきかせ(絵本、昔話中心)
第2段階 読みきかせ(昔話の読み物)
第3段階 自分で読む(何でもOK)
第4段階 自分で読む(昔話)
第5段階 自分で読む(長い物語、難しい本)
これは、1つのモデルであって、必ずしもこのようなプロセスを順に踏まないと浅い読解力が身につかないというものではなく、また、各段階は明確に分離しているのではなく、グラデーションのように混在しながら連続しています。たとえば、第3段階に至っても、第2段階が同時進行であったり、第4段階が同時に訪れていたりします。おおむね、このような5段階のプロセスで無理なく進むでしょう。
ここで、第1段階、第2段階、第4段階に昔話があることにご注意ください。読みきかせ、自分で読む段階の高次が昔話です。この昔話ははずせません。他で代替することもできません。昔話は最強で最良で最高の素材です。昔話が教育や子育てで有用とされるのは、情操教育であったり、文化・文芸としての教材であったり、民俗を伝えるという側面であったりするようです。それらもたいへん重要な視点ですが、ここで問題にしたいのは読解力(浅い読解力→深い読解力)です。
昔話と読解力との関連は誰も言っていないようですので、この理論は誰かを参考にしたのではなく、私のオリジナルです。
昔話の改変はダメ!
伝承文芸は、書かれた文学とは異なり、無数の名もなき庶民が口で語り伝えてきたものです。戦前は一部の伝承が挙国一致の愛国精神発揚に利用されたり、戦後しばらくは学問的に価値が低いあるいは無価値と軽んじられた時期もありました。文芸作家によって、あるいはエンターテーメントとして、あるいは薄っぺらい教育上の理由で、昔話が改変されることが常態化しました。昔話が残酷だという曲解がおもしろおかしく広まったこともあります。
シンデレラのもとは『グリム童話』の「はいかぶり」ですが、魔法使いもカボチャの馬車もでてきません。白雪姫も『グリム童話』にありますが、白雪姫が3回殺されたことを知っている人は驚くほど少ないですし、王子のキスによって生き返ったと思っている人が多いのは残念です。3匹の子ぶたはイギリスの昔話ですが、狼は1番目と2番目の子ぶたを食い、3番目の子ぶたは狼を食います。
どうして昔話を改変するのが悪いことなのかというと、昔話の本質的メッセージ(教訓ではありません)と、昔話の語り口が失われるからです。両方とも、読解力に不可欠な要素です。
昔話の語り口
昔話の語り口を学問として取り上げたのは、マックス・リュティです。1947年に初版が発行され、1969年に日本で翻訳が発行された『ヨーロッパの昔話』(マックス・リュティ著/小澤俊夫訳/岩崎美術社)が歴史的偉業です。こちらのページでも紹介しています
図書館にはたいがいあると思いますが、残念ながら絶版となっています。同書は、岩波文庫から復刊されており、岩波文庫版は現在入手可能です。さらに、岩波文庫版には、「昔話の構造主義的研究―プロップの業績の評価―」が増補されています。プロップに関しての論文で、非常に興味深く、岩波文庫版がおすすめです。
マックス・リュティはヨーロッパの昔話について、語り口を学問として体系化しましたが、訳者でもあり昔話の世界的専門家でもある小澤俊夫さんが、マックス・リュティの理論は日本の昔話にも、世界中どこの昔話にも普遍的に通用する共通概念であることを明らかにしました。『昔ばなし大学ハンドブック』(小澤俊夫/読書サポート)、『働くお父さんの昔話入門』(小澤俊夫/日本経済新聞社)、『こんにちは、昔話です』(小澤俊夫/小澤昔ばなし研究所)、『改訂 昔話とは何か』(小澤俊夫/小澤昔ばなし研究所)などに詳しく述べられています。
昔話の語り口とは、口承であるがゆえに、複雑性を排しています。極限まで単純化し、登場人物を極限まで少なくし(基本的に1対1)、具体的・写実的な描写をせずに、切り紙細工のように(狼のお腹を切ったら、食べられた子ヤギが何事もなかったかのように平然とでてくる)、同じパターンを繰り返し、一次元性(我々の世界と超自然的な世界に断絶がない)といった特徴があります。つまり、昔話とは、文学作品とは全く異なり、極限まで純化されたストーリーなのです。
マックス・リュティは、昔話の純化作用が含世界性を帯びると言っています。昔話が世界中のものをとりいれるときに、純化作用をほどこし、中身を抜いてしまうから、自分の中にとりいれることができるというのです。つまり、極限まで単純であるが故に、そこには世界のすべてがある、というのです。そのために、昔話はおとなも子どもも魅了してやまないのでしょう。
昔話のものすごいパワーが読解力とつながる仕組みは、次回に。