独学で大学受験 1 移住

独学の基礎(勉強の土台)は、まず第一に「本物の昔話」を大量に読み聞かせするということです。そのように育ったわが家の4人の子どもたちの体験談を披露します。

4人の子どもたちは、小中高に一度も行っていません。塾や習い事や家庭教師も皆無です。親が勉強を教えてもいません。勉強でIT(動画、学習ソフト、ネット上のサービスなど)は使っていません。参考書と問題集で小中高の勉強を自力で習得し、国立大学に合格しました。

親は学校を否定する考えをもっていません。たまたまこの形になって、たまたまこの形を続けていった、というのが正直なところです。私たちが他の方にホームスクーリングを勧めることはありません。わが家のようなことが可能であるなら、誰でも、あらゆる教育格差(経済格差、地域格差、家庭格差)を超えられるのではないかという希望を抱いています。

※このシリーズはnoteに連載しているものと同じです。

 


 

 

さて、父親である私は、大阪生まれの大阪育ち。公立小学校、公立中学校を経て、全国的に無名の公立高校を卒業した。高2の秋に「京都大学へ行きたい!」と思いたち、「浪人覚悟で京大を受けさせて欲しい」と親に頼んで了解をもらった。その高校から京大受験は当時は「無謀」レベルだった。しかし、模試の成績は順調に伸びて、秋にはほぼ毎回A判定(合格可能性80%以上)で、共通一次、二次試験とも順調にいって、京都大学文学部に現役合格した。私立は受けていない。京大に落ちれば浪人するのみ。数学がめっぽう得意だったので、現役合格ができた。

卒業後は京都市内で就職するも、体調を崩し、リセットを計画する。まるで違う世界、まるで違う生き方へ飛び込んでみたいと。

バイクであちこち訪ねてまわり、京都府唯一の村である南山城村の山の上の「童仙房(どうせんぼう)」という集落に一目惚れした。まるで桃源郷! よし、ここに住もう!

といっても、知り合いはないし、仕事もない。何のあてもない。何度も通っては地元の人と顔なじみになり、やがて、地元の建設会社でいわゆる土方(「どかた」は好ましくない言葉なので「土木作業員」と言わなければいけないが、「どかた」が好きだ)をし、土地を借りて住み始めた。

京大を卒業した後、山の上の大変な田舎に住んで、土方を始めたのだ。ああ、グレートリセット!!

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