[HS3]ホームスクーリングの始まり
子どもたちの将来を考えたとき、独学ができるということは非常に重要な資質だと考えました。学歴はまったく関係なく、視野にすら入っていませんでした。独学ができるなら、世の中がどう変わろうとも最適に対応していけるだろう。そういう視点に立てば、学歴とはじつにちっぽけな概念です。
2007年、第一子のハルが小学生になります。
その前に、童仙房で小学校統合の問題が生じました。2005年秋、村議会で統合が可決され、決定となりました。
じつはその段階で、ホームスクーリングは頭にありませんでした。話が前後しますね。すみません。巻き戻します。
2005年までは、地元、童仙房に小学校がありました。超小規模校で、複式学級有りです。およそ受験とは無縁の風土です。地域レベルの教育格差底辺だともいえるでしょう。そんなことは問題ない。「自分の人生を自分で生きる」育ちにふさわしいのではないかと考えていました。受験は教育を歪めます。学力も歪めます。受験で育成される「受験学力」はそのままで「自分の人生を自分で生きる」のに活かされるわけではありません。受験エリートたちを見れば一目瞭然でしょう。
うちの子たちも童仙房の小学校へ行く想定でした。
が、統合でその道がなくなります。
で、どうしようかと考えました。
童仙房の小学校と似た風土の小学校がある地域へ転居することも選択肢でした。オルタナティブスクールへ通うことも選択肢でした。ホームスクーリングは選択肢にありません。できるはずなどないので、非現実的な選択肢は排除。
2006年初頭、知人をたよって京都大学大学院教育学研究科の教授に会いに行きました。童仙房をフィールドとして活動していくというプランに興味を持ってくださり、とんとん拍子に話が進み、2006年3月末に廃校になると同時に京大と地域が協定を結んで生涯学習活動をしていくこととなりました。
生涯学習とは何ぞや。知っているようで知らない。
だんだんと学ぶうち、「自分の人生を自分で生きる」願いと近いことがわかってきました。
生涯学習の概念では、いつでもどこでもだれからでも、あらゆることから学びます。学校教育の、時間割があって、先生があって、教科書があって、固定のクラスがあるという概念とはまったく異なります。
生涯学習を形にすると、ホームスクーリングが近い。すべてが学び。先生なし、独学。
そんなやり方があったんだ!
夏ごろから、慎重に夫婦で研究し検討し、ハルの意向も確認して、秋に決断しました。
京大は支援はしないけど、異論も無し。2007年春からホームスクーリングを始めました。