[HS11]仕事はどう考える?
不登校のお子さまもそうだと思いますが、ホームスクーリングは「正規ルート」ではありません。
日本では大学または高校を卒業と同時に就職という新卒採用が定番なので、そこに乗り損なうと苦労することがあります。
就職氷河期問題はまさにそうですね。
卒業と同時に就職する機会に恵まれなかっただけで「失われた世代(ロストジェネレーションあるいはロスジェネ)」とまでいわれてしまう。
卒業という概念がなく、形式上の中卒学歴であるホームスクーリングはどのように職を得ればいいのでしょうか?
私は京都大学を卒業後、学術関係の仕事をしていて(めちゃくちゃハードでした)、1992年、28歳で誰も知り合いのいない山の上の田舎へ移住し、地元の建設会社で土方(建設作業員)をしました。何もわからないので、田舎のおっちゃん、おばちゃんが全員師匠でした。ずいぶん珍しがられ、おちょくられ、かわいがってもらい、ド素人がだんだん仕事を身につけていきました。土方という仕事はどんなことでもやります。すると、いろんなスキルが身についていきます。で、今住んでいる家は手作りです。試験は苦にならないので建設関係の資格をいろいろ取得し、現場代理人(現場監督)もこなすようになっていきました。
田舎では塾へ行くことに困難があるので強く頼まれ、家庭教師やミニ塾のようなこともやってきました。
1996年にパソコンを買ってさっそくインターネットを始めましたが、日本人でインターネットをやっている人が希少価値だった時代なので、しかも山の上なので、すべてが独学・独習でした。独学でがんばるとどんどんスキルアップしていくという経験はこのときです。その後、地元近辺でパソコンやインターネットにかかわる仕事等を頼まれることがふえてきて、パソコン何でも屋な感じでした。
1995年ごろから不登校に関わるようになり、さまざまな集会やいくつものフリースクールに関わらせて頂きました。このときの経験がなければわが家のホームスクーリングはありません。
2009年ごろ、リーマンショックとは別次元で地域が目に見えて衰退しだしてきて、地元での仕事が枯渇しました。ネット上で何かできないかとも模索し、いくつも試行錯誤した末、ネット上のビジネスはやめて、自宅で請け負う仕事をしています。個人事業主で、どこからも雇用されず、パソコンは駆使しますが企業の外注先です。
結婚したのは1999年。ネット婚です。出会い系サイトもSNSもなかった時代です。
2000年に第一子、そのあと2003、2005、2008年と、次々子どもに恵まれましたが、10年間ほど妊娠・出産・育児に追われていたことになります。ホームスクーリングを始めたのは第一子が小学生となる2007年です。その前年の2006年には地元の小学校が統合により廃校となっています。
私自身、なんでもありの人生だったので、子どもたちがどんな職業、どんな人生を選んでも動じません。
妻も安定した人生よりアドベンチャーを望むので、このように生きてくることができました。
仕事としては、雇用されるか、雇用されないか、の2つの形態しかありません。
雇用されない形態には、自営業か会社経営かしかありません。
ホームスクーリングから仕事をするには、若者の大多数が通る道、新卒採用が閉ざされます。そのことを不利と感じるなら学校へ行った方がいい。企業への就職でも、新卒採用がすべてではありません。とんがった特徴や特技があるなら、新卒採用はむしろ不利です。とんがればとんがるほど、新卒採用以外の道において有利となります。
完全独学の完全ホームスクーリングはそれだけでとんがっているはず。そこへ高いレベルの学力があり、さまざまな経験を積んできたとなれば、さらにとんがる。超田舎で生まれ育ったことも、とんがり要素の1つになり得るでしょう。
正規ルートでは学歴が意味を持つでしょうが、とんがりルートではあまり意味を持ちません。どれだけ「とんがる」ことができるか。むしろ平凡は不利です。
それとやっぱり勉強はできるならどこまででもしておいた方がいいでしょう。何かに役立つというより、何かを習得していくとき、あきらかに有利です。とんがった人生では、何もかもが学びとなっていくので。ここでいう勉強は教科学習も含めますが、もっともっと広い意味での勉強です。教科学習だけで事足れりではありません。
これから人工知能が無制限に進化し、グローバルな動きがいっそう強まる世界では、没個性の平凡なあり方よりも、とんがったあり方のほうが対応しやすいと考えています。(でないと、ホームスクーリングをやっていない)