[まとめ2]すべての人へ、とくに負け組と思っている人へ

今の世の中を心配しています。

人々が分断され、絆がバラバラになり、個々人が剥き出しの競争にさらされ、勝ち負けやランク付けをされてしまう。強い人たちは、世の中を自分たちに有利なルールに変えていこうと躍起になっています。強くない人たちは、苦しいとわかっていても、抵抗できない。バラバラだから。個人どうしなら、強い人が強いに決まっています。強い人1人に対して弱い人は100人または1,000人、または1万人、または10万人、または100万人ぐらいいるので、弱い人たちが団結すれば圧勝です。世の中は逆転します。

そうならない理由は、弱い人たちの間でも競争がしいられランク付けがなされるので、負け組内で勝ち組と負け組に分かれます。社会のどこをどう切り取っても、そこには勝ち負けがあります。だから負け組同士で連帯することが不可能になってしまう。

勝者(圧倒的な勝者)は圧倒的多数の負け組に配慮する必要がない。富の再配分に応じる必要など微塵もない。と思っているでしょうし、露骨にそう言っています。

勝者の富は、どこから来たのでしょう?
圧倒的多数の負け組の富を奪うことによって集めたのでは?
そうでないなら、無から生じたのでしょうか?

「富を奪う」というのが不穏なら、言い換えましょう。
圧倒的多数の人々を顧客としてサービスやモノを提供し、利益を得た。
正当なビジネスですね。

でも、圧倒的利益を得る流れが一方通行なら、圧倒的多数の顧客の富は枯渇します。
それ以上の利益拡大が不可能になります。
これは持続可能ではありません。

勝者が持続可能なビジネスを考えてくれると、負け組も負け組ながらふつうに生けていけるでしょうし、「負け組」などと屈辱にまみえることもないでしょう。
このままいけば、負け組による暴動や革命すら起きかねません。
暴力は勘弁してほしいです。

かたや、負け組と思っている人たちへ。
社会を変えることは容易ではありませんが、自分の人生を変えることはできます。
負け組から勝ち組へ転入するという話ではありません。
そんな方向をめざしても勝ち負けの連鎖を続けていくだけです。
そうではなくて、勝たないけど負けない。
そもそも人生に勝ち負けなどあるはずがありません。
自分の人生を自分で生きることができたら、くだらない言説に乗せられる必要もないでしょう。

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