[まとめ3]「独学の力」が最強の子育て
わが家の子育て、教育は「独学の力」をベースにしています。
このブログでもいろんな書き方で書いてきましたが、拙著では3つの柱としてまとめました。
1. 大量の昔話の読み聞かせ(ホンモノの昔話)
2. 大量の書きうつし
3. 大量の読書
これらは私の発明ではなく、わが国で人を育てるために行われてきた学び方です。
1970年代にテレビが普及し、欧米の価値観や教育方法が取り入れられるようになると、このような学び方は衰退していきました。
私は1964年生まれで、テレビのネイティブ先頭世代です。
私の世代あたりを境にして断絶があるようです。
私より上の世代は、このような学び方を普通に知っていますし、「それは良いことだ」と評価する人が目立ちますが、私より下の世代になると、「それが何の役に立つんですか?」とポカーンとする人が目立ちます。
すっかりアメリカナイズされ、デジタル盛況の今、昔ながらの学び方が通用するのか?
通用します。断言します。
これらは時代がどう変わろうとも、人間の仕組みが変わらない限り、通用し続けるでしょう。
現代の教育方法の否定ではありません。
現代の教育方法の土台として「独学の力」を磨くと、現代の教育やデジタルがおおいにパワーアップされるのです。
昔話
昔話はわが国だけでなく、世界中に伝わっており、昔々の大昔から人を育てる手段として語られてきました。
キリスト教や仏教でも昔話のようなお話がたくさん語られてきました。
仏教が興ったインドでは、初期の仏教経典は昔話集の様相ですし、ジャータカやパンチャタントラなど、非常に多数のお話が語られてきました。
仏教の教えとは無関係と思われるお話も多く、お話をたくさん聞くことで思考力や社会性のもとを耕していたのではないかと私は考えています。
昔話は作者がいないため、特定の人の価値観が入らず、具体的な描写や心理描写もなされず、お話の枠組みだけがたんたんと進行します。
これが大切なのです。
お話が始まるや、すっとお話の中に入っていき、お話の世界を生きます。
差別、暴力、残酷、裏切り、不条理などさんざん経験しながら、人生を、社会を学んでいきます。
とにかく多様な昔話をできるだけたくさん読んでいくと、人としての土台が強固にできていき、考える力が育ちます。
そうなると、学力や社会性は自然と涵養されていきます。
ちなみに、近年はポリコレ的に改変された昔話(残酷、差別、争いなどをなくす)がたくさん出版されています。
これは「独学の力」には無意味です。
書きうつし
書きうつしはすぐれた本をそのまま原稿用紙に書きうつす行為です。
日本では江戸時代から戦後まもなくあたりまで広く行われていました。
今はデジタル入力、いや、入力さえ不要になりつつあります。
そんな時代に手書きで書きうつす?
無意味に思えますか?
手で書くという行為がいかに大切か、という研究がたくさん発表され、エビデンスが積み上がってきています。
昔の人たちは、そんなエビデンスがなくとも、書きうつしのおおいなる効用を理解し、取り組んでいました。
昔話と同様、人としての土台を強固に築いていきます。
読書
読書の大切さはさんざんいわれています。
私が何を言っても屋上屋をかさねるだけでしょう。
議論の余地すらないでしょう。
それでも、読書なんて勉強の役に立たないと考える人もいるようです。
2021年から始まった大学入試共通テストは、どの科目も非常に長い文を読ませます。国立大学二次試験も長文化が進行しています。
デジタル全盛、さらにAI全盛に時代に必要な資質は、自分の頭で考えること。
言語は思考です。
昔話を大量に読み聞かせすれば、書きうつし、読書は無理なく取り組めるはずです。
大人が読むべき本を指導することは避けたほうがいいです。
子どもの考える力が向上すればそれに見合った本を求めます。

