[まとめ4]生きることと「学ぶ」こと
「独学の力」が目指すものは何でしょう?
「独学の力」で実現できることは何でしょう?
学歴にこだわる方がとても多いですが、学歴とは何を証明しているのでしょう?
どこの大学をでたか、ですね。
高校を卒業する直前、あるいは卒業後のどこかのタイミングで(たまたま)試験に合格した。
という、たった一度きりのうまくいった結果が、一生ついてまわる。
もしかすると、そのとき、なにかがうまくいかず不合格だったかもしれない。
そういう、合格と不合格の差は微々たるものですが、結果は天と地ほど違う。
そんな一瞬のきらめきに人生をゆだねてよいものでしょうか?
何十年経っても「○○大学卒」がついてまわる。
その価値はもはや虚構では?
では、大学進学が無意味かというと、そうではありません。
学歴獲得のみにとらわれるなら無意味と言っていいかもしれませんが、大学はそんなショボい存在ではありません。
大学は学問をするところです。
学問とは、よくわかっていないことを調べたり考えたりすることです。
小中高の勉強は正解を覚え、身につけます。
学問には正解などありません。
真理を求め続け、永遠に真理にたどりつくことはないでしょう。
そして学問とは研究者や学者のためのものではありません。
私たちすべてにひらかれています。
私たちは日々、生きる過程で様々な経験をしています。
快い経験もあれば、不快な経験もあるでしょう。
これらの経験の意味や意義を考えましょう。
考えずに生きることもできます。
それなら、いつまでたっても同じ不快な経験を繰り返すでしょう。
そういう人も多いでしょうね。
とくに不快な経験について、どうしてそういうことが生じたか、それによって何を学べるか、どうすれば不快を減らしていけるか、等々、しっかり考えるのです。
正解はありません。
AIや占いに尋ねても答えは教えてくれません。
自分の頭で考えて考えて考えるのです。
さらに、社会で起きていること、自然界で起きていることなんかも、考えて考えて考えましょう。
それは、人文社会、自然科学といわれる学問そのものです。
自分の経験について考えるのは哲学です。
自分自身の経験、周囲の人々、社会や自然から学ぶ姿勢を持つ。
それこそが自分の人生を自分で生きることにほかなりません。
学ぶ(学問)は独りよがりではいけません。
たんなる自己満足であって、なんの学びでもありません。
他の人の意見、説、先人たちが明らかにしたことなどを参考にします。
考えるというのはそういうことです。
自分の経験でも、社会でも、うまくいかないことほど、学びの対象になります。
失敗、挫折、リスクへのチャレンジ、不条理などは、まさに財産です。
「独学の力」とは、学ぶ土台を強固に築きあげることです。
そして大学進学で意味があるのは学歴獲得ではなく、学問そのものです。
どんなジャンルの学問でもかまいません。
大学在学中に、学問とはどういうことか、を学んでほしい。
中卒、高卒であっても学問はできます。
日々、学ぶ姿勢を持ち続けることです。
自分の人生を自分で生きる、という以上に大事なことなどあるでしょうか?

